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東京家庭裁判所 昭和41年(家)7022号 審判

申立人 正本正(仮名)

右法理代理人父 ウィリアム・ゲイ・マーフィ(仮名)

同母 ジャクリーン・エフ・マーフィ(仮名)

主文

申立人の氏「正木」を「マーフィ」に、申立人の名「正」を「ニール・リイ」にぞれぞれ変更することを許可する。

理由

一、申立人は、主文と同旨の審判を求め、その事由として述べるところの要旨は、

申立人は、昭和四一年七月八日東京家庭裁判所の縁子縁組許可の審判(昭和四一年(家)第四三三一号)によつて、ウィリアム・ゲイ・マーフィ、ジャクリーン・エフ・マーフイ夫妻の養子となつたものであるが、申立人が養親の氏と異なつた氏を称し、また日本人としての名を称していることは、養親が今後申立人を監護養育していくのに支障があるので、申立人の氏を養親の氏と同一にするとともに、その名もアメリカ人らしい名にしたいので、本件申立におよんだ

というにある。

二、本件氏の変更および名の変更に関する準拠法について考察するに、養子の氏や名の問題は、法例第一九条第二項(養子縁組の効果)によるべきか、第二〇条(親子間の法律関係)によるべきか、子の人格権の一部として子自身の本国法によるべきか、学説上争いがあるが、当裁判所は、養子と養親との間の法律関係の問題として、法例第二〇条により父の本国法によると解するのが妥当であると思料する。

ところで、父の本国法であるアイダホ州法によると、養子決定をする裁判所は、養子決定にあたり養子の氏名を養子決定申立書に記載されている氏名に変更することを命ずることができ、爾後養子をその氏名をもつて呼ぶことが認められている(同州法一六-一五〇六条、一六-一五〇八条)。

したがつて、申立人法定代理人両名の審問の結果によつて、このまま申立人の氏を養親の氏と異なろものとしておき、かつ、日本人としての名をそのまま使用させておくことは、養親の申立人に対する監護養育上支障の生ずることが認められる本件においては、上記準拠法により、申立人の氏を養親の氏に変更し、かつ、その名をアメリカ人らしい名に変更することが認められて然るべきである。

三、ところで、申立人の名をアメリカ人らしい名「ニール・リイ」に変更することについては、わが国家庭裁判所も日本国戸籍法第一〇七条第二項家事審判法第九条第二項にりよアイダホ州裁判所の有する養子決定の後の養子の名変更の権限に類似する名の変更許可の権限を有しているところから、当家庭裁判所は、右の権限により名の変更許可の養子決定の際の養子の名変更を認めるアイダホ州法を適用実現することができることは、明らかであるが、他方日本国民法においては、養子縁組の効果として、養子は当然に養親の氏を称することになるため、わが国家庭裁判所は、家事審判法によつて、本件の如き場合に、養子の氏を養親の氏に変更する権限を与えられていない。このように、他国の実体法が準拠法となるのに、自国の実体法との相違により、裁判所がこれを適用実現する手続法上の権限を有していない場合に、いかに処置すべきかは、国際私法上極めて困難な問題であるが、当裁判所は、かかる場合は、その有する手続法上の権限のうちで、他国の実体法を適用実現する手続法上の権限と類似するものがあれば、その権限によつて他国の実体法を適用実現するほかないものと解するものである。

この見解によつて、本件をみると、アイダホ州法における養子決定の際の養子の氏変更の制度は、日本民法における子と親との氏が異なる場合の子の氏変更の制度に類似する点から、アイダホ州裁判所の有する養子決定の際の養子の氏変更の権限は、わが国家庭裁判所の有する子の氏変更許可の権限に類似するものと考えられるので、本件においては、当裁判所は子の氏変更許可の権限によつて、養子決定の際の養子の氏変更を認めるアイダホ州法を適用実現することにする。

よつて本件申立は理由があるので、主文のとおり審判する次第である。

(家事審判官 沼辺愛一)

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